【クリニックM&A】医療機関のバリュエーション、DCF法を解説!
クリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人のM&Aを解説していくシリーズ第6回です。本シリーズでは、実際に買収先を選定し交渉、契約に至るまで時系列でわかりやすく解説しているので、ぜひ他記事もご覧ください。
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前回のコラム【クリニックM&A】医療機関買収時の価格計算・バリュエーションとは?では、クリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人に対してM&Aを行う際の企業価値算定(バリュエーション)を行うにあたって、そのアプローチ方法であるコスト・アプローチ、マーケット・アプローチ、・インカム・アプローチのそれぞれの特徴や、その三つのアプローチ方法間の関係について説明しました。
このコラムでは、バリュエーションの一つであるインカムアプローチで使われる”DCF法”について解説していきたいと思います。
DCF法は将来のフリーキャッシュフローから企業・事業価値を推定する手法!
ずばり、DCF法とは、「買収対象となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人やその事業が将来生み出すだろうと期待されている、フリーキャッシュフローの現在価値を基礎として、対象企業・事業の価値を算定する」という方法であります。
DCF法を完遂するまでには以下の6つのステップがあります。
- 事業計画の入手・精査
- FCF(フリーキャッシュフロー)の算出
- 割引率の算定
- 残存価値の算定
- 株主価値の算定
- センシティビティ分析
クリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人のM&Aに当たって、DCF法の実務を行う際の留意点を、上記の各ステップについて解説していきたいと思います。
ステップ1:事業計画の入手・精査
DCF法とは、”将来の”キャッシュフローを評価の基礎とする方法でありますから、まずは評価の対象となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人から事業計画を入手して、その内容を精査しなければ始まりません。
また、事業計画はキャッシュフローを算定するために、P/Lだけではなく、B/Sも併せて必要となります。計画年数としては、より正確なDCF法を実行するために、できれば5年分から10年分が望ましいといわれています。計画年数が短すぎると、将来的に想定される外部環境の変化が織り込まれていないというリスクがありますし、将来のキャッシュフローに目を向けるDCF法において、残存する価値の割合が高くなってしまうという場合があるからです。
DCF法を実行するために事業計画をM&Aの対象となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人から入手した後には、その事業計画を精査しなければなりません。また、当然ながら売り手となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人は、より高い金額での売却を望んでいるため、事業計画が楽観的であるという場合もございます。
そのため、買い手企業としてはその事業計画を鵜呑みにせず、その妥当性を検証することが大切です。検証のポイントは、
- トレンド分析
- 売上高ロジックの検証
- コスト構造ロジックの検証
の三つがあります。
①トレンド分析
事業計画の精査で行う一つ目が、トレンド分析です。これは、トレンド分析を行うことによって、M&Aの対象となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関、医療法人から提出された事業計画が、過去のトレンドから逸脱してないか、つまり実現の可能性が高いかどうかを知ることができるものです。
まず、対象となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人の、過去5年(可能であれば10年)分の財務分析を行います。財務指標は、様々な指標を用いて網羅的に行いますが、特に、以下のような財務指標には注目して財務分析を行いましょう。分析すべき重要な財務指標は以下のとおりです。
- 総資産利益率(ROA)
- 売上総利益率
- 営業利益率
- 運転資本回転率(売上債権回転率・棚卸資産回転率・仕入債務回転率)
- D/Eレシオ
トレンド分析においては、特に計画の発射台となる今期見通しと、来季計画の数値はとても重要です。この2期の計画値については、その詳細を対象のクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人の担当者まで聞き、その組み立てロジックを確認する必要があります。
このようにトレンド分析を行うことによって、M&Aの対象となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関、医療法人から提出された事業計画が、過去のトレンドから逸脱してないか、つまり実現の可能性が高いかどうかを知ることができるのです。
②売上高ロジックの検証
事業計画の精査をするにあたって、トレンド分析の次に行う検証は、”売上高ロジックの検証”です。なぜ売上高ロジックを検証する必要があるかというと、売上高は収益の源泉であるだけでなく、コストも売上高をキーにかかってくるものが多いからです。
売上高は、数量、現在の市場規模とその成長率、シェア、個々の商品単価や商品構成割合などの要素に分解できるので、その要素ごとにロジックの妥当性を検証することで、売上高全体のロジックを検証することができます。
例えば、過去のトレンドや将来の人口動態、規制緩和などの予想される外部環境の変化を踏まえて、市場規模の成長率の妥当性を図ることが可能ですし、また、競合他社などの動向から、シェア率の妥当性を検証することも可能です。
このように、売上高は各要素に分解することで、より正確にそのロジックの妥当性を検証することができます。
③コスト構造ロジックの検証
コストは、変動費と固定費に分解することで売上高との妥当性を検証することができます。
売上原価は変動費であるため、基本的には売上原価率に大きな変化はないはずですが、売上原価率の計画地に大きく変化がある場合にはその背景を分析する必要があります。
固定費の水準についても過去からのトレンドをもとに計画値の妥当性を検証することが必要です。固定費の中でも最大となる人件費については、一人当たり売上高や、労働分配率などの生産性指標をもとに妥当性を検証するとよいでしょう。
ステップ2:FCF(フリーキャッシュフロー)の算出
具体的にフリーキャッシュフロー(FCF)とは何なのでしょうか?まずは、その定義について確認していきたいと思います。
フリーキャッシュフローとは簡単に言えば、ある期間において手元に残るお金のことです。具体的な計算は、毎期のフリーキャッシュフロー(FCF)は、事業計画のP/S、B/Lに基づいて、払い込み前税引後営業利益(税引後営業利益:NOAPAT)に、非支出費用(減価償却費およびその他の非現金項目)を加算、設備投資を減算し、運転資本の増減を加減算することによって算出されます。つまり、以下のような式が成り立ちます。
FCF=営業利益×(1-法人税率)+減価償却費等-設備投資等±運転資本増減
また、フリーキャッシュフロー(FCF)の算出にあたって、基礎となる会計上の利益として利払前の利益を用いる理由というのは、事業の評価を資本の構成(負債と純資産のバランス)から独立して行うためです。利払い後のキャッシュフローを用いて価値評価を行う場合には、資金調達の方法が影響してしまうのです。
さて、フリーキャッシュフロー(FCF)の定義やその算出方法はわかりましたが、DCF法におけるフリーキャッシュフロー(FCF)の算出の実務において、実際にどのような動きをすればよいのでしょうか?以下では、フリーキャッシュフロー(FCF)の算出の流れについて解説していきたいと思います。
税引後営業利益(NAOPAT)の算出
税引後営業利益(NAOPAT)とは、毎期の営業利益に、対象となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人の実効税率を乗じて算出した仮想の法人税を、営業利益から控除することで算出できるものです。
なぜ実効税率を用いること言うと、事業所の所在地によって住民税率や事業税率が異なるためである。
減価償却費およびその他の非現金項目の加算
次に、税引後営業利益に減価償却費を加算します。この時の減価償却費というのは、有形固定資産の償却費だけではなく、無形固定資産償却費も含みます。
また、将来の減価償却費については、将来の投資計画との整合性が取れていることが大切です。予測期間以降の収支予測においては、減価償却費と設備投資額は長期的に一致すると考えて、投資額と同額の減価償却費を織り込むことが多いです。
その他の非現金項としては各種引当金が該当します。ここで注意するべき点は、あくまで毎期のP/Lに計上されているネットの引当金繰入額を加算するのであって、B/Sに計上されている引当金残高をそのまま加算してはいけないという点です。
運転資本増減の加減算
この作業では、事業計画のB/Sをもとに毎期の正味運転資本率を算出し、前期比増減をキャッシュフローに加減算します。正味運転資本は、以下の式で求めることができます。
正味運転資本=売上債権残高+棚卸資産残高-仕入れ債務残高
前期比で運転資本が増加している場合はキャッシュフローから引き、運転資本が減少している場合にはキャッシュフローに加えます。
ステップ3:割引率の算定
割引率はどのように求めるのがよいのでしょうか?
割引率は、資金調達源泉である株主資本と有利子負債のコストをそれぞれ求めて、それらを株主資本および有利子負債の価値の構成割合に応じて加重平均することによって算出します。
こうして求めた資本コストは、加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital:WACC=ワック)と呼ばれます。
株主資本コストの算出
先述のように、割引率を求めるためには株主資本コストと、有利子負債コストを求めなければなりません。ではまず、株主資本コストとはどのように求めることができるのでしょうか?
株主資本コストとは、利子率およびリスクの両者を含むものとして考えることができます。この考え方をもととして株主資本コストを算定する方法の一つに、資本資産評価モデルというものがあります。
株主資本コストを求める際には、一般的にこの資本資産評価モデルが用いられます。資本資産評価モデルを用いて株主資本コストを用いるためには以下のような式が用いられます。
株主資本コスト=リスクフリーレート+マーケットリスクプレミアム×β値(=市場全体に対する感応度)
※マーケットリスクプレミアム=株式市場全体の期待利回り-リスクフリーレート
負債コストの算出
割引率を求めるのに必要な株主資本コストを開設しましたが、同様に負債コストを算出することも必要です。
負債コストとは、有利子負債の調達コストを意味します。短期借入金および長期借入金、社債などの有利子負債の金利が負債コストに該当しますが、日本では短期借入金がロールオーバーされて実質的に長期借入金となっていることも多く、実際の金利をそのまま使うと本来の負債コストよりも低い値になってしまうこともあるので注意が必要です。
特に、再生中のクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人の負債コストを算出する際に、金利の減免措置により金利水準が低く抑えられているケースもあるので、この場合は実績の支払利息をそのまま負債コストとしてはいけません。
ステップ4:残存価値の算定
残存価値(ターミナルバリュー)とはなんなのでしょうか?ずばり残存価値(ターミナルバリュー)とは、「予測期間以降のキャッシュフローの現在価値合計額」を指すものです。
つまり、手元に5期分のキャッシュフロー予測があった場合に、6期以降に生み出されるキャッシュフローの現在価値を合計したものです。
残存価値(ターミナルバリュー)の算定方法
残存価値(ターミナルバリュー)とは「予測期間以降のキャッシュフローの現在価値合計額」である。ということはわかりましたが、では、残存価値(ターミナルバリュー)はどのような方法で算出されるのでしょうか?
残存価値(ターミナルバリュー)の算出方法には
- 永久還元方式による算定
- 倍率方式による算定
の二通りがあり、実務では①の永久還元方式による算定を行った後に、②の倍率方式による算定で検証するという手法がよくとられます。
永久還元方式による算定
では、残存価値(ターミナルバリュー)を算定するために第一に行う手法である、永久還元方式とはどのような手法なのでしょうか。
永久還元方式とは、「予測した年度以降も企業が永続的に成長することを前提に、予測機関の最終年度のフリーキャッシュフロー(FCF)をもとにして、そこに一定の成長率を加味して長期安定的なフリーキャッシュフロー(FCF)を設定し、そこに割引率を除して残存価値(ターミナルバリュー)を求める」という手法です。
ここで使用する”成長率”とは、永続する成長率を指しています。日本のような成熟社会では、高い成長率が永久に続くということは考えにくいため、0~多くても2%ほどの成長率を見込むのが一般的です。
先述の長期安定的なフリーキャッシュフロー(FCF)については、設備投資と減価償却費は均衡するとして、また売上高成長率に見合った運転資本の増加を仮定して算定することが多いです。
倍率方式による算定
では次に、残存価値(ターミナルバリュー)を永久還元方式を用いて算出した後に、その残存価値(ターミナルバリュー)を確認・検証するために必要となる”倍率方式による算定”はどのような手法なのでしょうか。
倍率方式による算定とは、今後数年間の事業計画に基づく成長を実現したあとでは、業界平均の株価倍率水準に収束されるということを前提に、「類似上場企業の平均EBIT倍率やEBITDA倍率などの倍率を、評価の対象となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人の予測最終年度のEBITなどに乗ずることで残存価値(ターミナルバリュー)を算定する」という手法です。簡単に言えば、似たような財務状況の企業を参考にしてバリュエーションをする算定方法です。
EBITとは、「利息及び、税金控除前の収益」を、EBITDAは「償却前営業利益」を指す経済用語で、どちらもM&Aの初期段階で用いられる数値です。
倍率方式による算定を行う際には注意点が1点あります。それは、評価時点の業界平均の株価倍率は、今後の成長を織り込んだ倍率であるため、特に評価時点で成長性が高い場合に、今後数年間の構成等を反映した評価時点の株価倍率よりも、予測最終年度の株価倍率は低くなるはずであるという点です。
ステップ5:株主価値の算定
株主価値の算定には、FCF(フリーキャッシュフロー)の現在価値と、残存価値(ターミナルバリュー)を算定することが必要です。
DCF法による株主価値とは、以下のようにして求められます。
株主価値(DCF法)=将来のFCFの現在価値合計+事業外資産ー有利子負債
※将来のFCFの現在価値合計=予測期間のFCFの現在価値合計額+残存価値(ターミナルバリュー)
上記のように、将来のFCFの現在価値合計額は、予測期間のFCFの現在価値合計額と残存価値(ターミナルバリュー)を合算したものになります。事業外資産には、遊休不動産や余剰現金預金、短期保有目的の有価証券など換金性が高いが事業で使用されていない資産が該当します。
余剰現預金は、事業に必要な現預金を売上高の1~2カ月分とみなし、それを上回った分を余剰現預金とすることが多いです。
有利子負債には短期借入金、社債、長期借入金等の有利子負債が該当します。また、設備投資にかかる長期未払金やリース債務は、有利子負債類似物として有利子負債と同様の扱いをすることが多いです。
なお、グループ会社がある場合には、連結決算が組まれていて連結ベースで将来キャッシュフローの試算が可能であるならば、連結ベースの数字でDCF法による選定を行いますが、連結決算が組まれていない場合には、親会社単独でのキャッシュフローに対して、別個にDCF法にて算定したグループ株式会社の時価を、事業外試算と同様の扱いで加算します。
ステップ6:センシティビティ分析
DCF法によって、FCF(フリーキャッシュフロー)の現在価値と、残存価値(ターミナルバリュー)も用いて株主価値を算定した後には、DCF法における6番目のステップであるセンシティビティ分析を行います。
なぜセンシティビティ分析が必要になるのかというと、DCF法による算定結果は割引率と残存価値(ターミナルバリュー)における成長率をいかに設定するのかによって大きく値が変化しますが、割引率や残存価値(ターミナルバリュー)における成長率の設定には主観が織り込む余地が多くあるからです。
そのため、実務では割引率と成長率を少しづつ変化させて、それに対して対象となるクリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人の、DCF法によって算出した株主価値のセンシティビティ(感応度)を分析することによって、DCF法による評価額をレンジ(範囲)で評価するのです。
まとめ
いかがでしたか?キャッシュフローに注目して現在価値を算定するDCF法について理解していただけたかと思います。
弊社では、クリニックや薬局、病院、介護施設などの医療機関や医療法人のM&Aに対する豊富な知識と経験から、医療機関のバリュエーションに関しても的確にアドバイスすることが可能です。M&Aをご検討の企業様は、是非お気軽に弊社までご連絡ください!